生活圏を変えるー関啓子『「関さんの森」の奇跡』を読んで

 本書を読み終わった直後に現場を訪れることができた。新松戸駅から坂を登っていくと斜面林が多い。ははぁこれは谷戸地形だな。谷戸とは丘陵の谷のことをいい、関東地方の里山に多い地形である。谷の基部には湧水が湧き出すのでそれを利用して谷戸田をつくっていた。湧水なので量が少なく冷たい。溜池をつくって貯え温めて使っていた。反対に丘陵部は水が少ない。深く掘らないと井戸は使えない。だから関さんの森の守り神は「おくまんさま」と呼ばれる熊野権現(水に縁の深い自然信仰の神様)である。

 このおくまんさまは関家の庭にあり、家や蔵や庭とともに一つ間違えば消失する運命にあった。56年も前に決められた亡霊のような都市計画道路が関家の庭を通る形で計画されていたからである。この亡霊が2008年に息を吹き返し、松戸市が強制収用手続きを行おうとした。

 これに対し「育む会」などの市民たちが、知恵の限りを尽くしてたたかい、この森の核心部である庭を迂回する代替案を提示し市に認めさせ、計1.7haの森はほぼ永久に残ることになった。

 本書はその顛末を描くとともに、里山の存在価値や市民と子どもたちの学びあいと保存運動の意義を明らかにしている。

 本書から学べることはたくさんあるが、わたしは次の二つが大切だと感じた。

 一つは、市民の力を育むもとになった学びあいの大切さである。

 二つは、「一人ひとりが自らの生活圏を変えれば世界は変わる」という見通しである。

 2015年に世界193か国が合意した「国連・持続可能な開発目標」(SDGs)は「だれひとり取り残さない」という理念のもとに17の大きな目標を掲げている。その11番目の目標が「住みつづけられるまちづくり」(これこそ本書のテーマでもある)。

 現在の地域は大地の歴史と人間の開発の歴史という二つの大きな歴史の賜物である。これからのまちづくりを考えるときに、ここに踏まえることが必要になってくる。

 関さんの森にかかわる市民たちはこのことをよく知っていた。だからその歴史を今によく伝えるこの森と屋敷・庭をかたまりとして残すことに心を砕いたのである。

 持続可能な開発は遠い世界の遠い目標ではない。一人ひとりの市民の、地域の由来と現在を知り、その価値と恵みを引き継いでいくことによって、自らの生活圏を住みつづけられるものに変えていこうとする行いの集積なのである。市民と子どもたちの学びあいがその継続性を保障していくのだ。本書は見事にそのことを整理してくれている。

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おくまんさま

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市民による道路迂回案