アイヌの先住権を実現する

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 ウポポイ(国立アイヌ民族博)ができたと聞き、すぐに見に行きたいと思った。しかし、これができた経緯を知るにつけ、単なる博物館見学では済まないなと感じ、少し調べてみた。

 手がかりにしたキィワードは「先住権」。というのは、アイヌ文化だけが切り離されて独り歩きさせられているような気がしたからだ。アイヌは日本政府によって支配されるようになってから一度も正当な扱いを受けたことはなく、ずっと見世物にされてきた。「先住民」の名のもとにそれが繰り返されようとしているのではないか。先住民ならば先住民としての扱いを受けなければならない、そう思ったからだ。

 したところ、図書館に行ったら格好の本を見つけた。ずばり『アイヌの権利とは何か-新法・象徴空間・東京五輪先住民族』(かもがわ出版)という本である。

 その本のエッセンスを紹介したい。その前に、こういう問題意識を持ったきっかけに簡単に触れておきたい。

 漁師の畠山敏さん(北海道アイヌ協会紋別支部長)は、2011年3月に紋別市のモベツ川支流域での産廃処分場建設をめぐり、遡上するサケの生息環境を破壊するおそれがあるとして、道公害審査会に対し工事の中止を求める公害紛争調停を申請した。畠山さんはイルカ漁を通してアイヌの伝統クジラ漁の復活にも関心を持ち、サケ漁やクジラ漁をアイヌの仕事(雇用)として復活させたいとの希望を抱いて様々な活動を行ってきた。わたしは10年ほど前に畠山さんの活動を知り、共感を抱いてきた。

 

先住権とコタン

(以下は前掲書のエッセンスの要約)

 先住権とは、18世紀以降に世界の列強国によって支配されてきた先住民族において、先住民族の中の個々の集団が、列強国家による支配以前から歴史的、慣行的に有していた土地や自然資源などに対する排他的・独占的な使用権・利用権・管理権などの総称である。

 つまり、先住民族とされる中のさらに小さな個々の集団の権利である。この集団の権利であるというところが重要だ。

 例えば、サケの捕獲権、樹木の伐採権、様々な土地の利用権など「いろいろな権利を束ねた」ものが先住権である。

 「先住民族の権利に関する国連宣言」は、先住民族の権利について「集団としての権利」と「個人としての権利」を挙げている。集団としての権利として、遺骨返還の権利、自然資源(土地や水産物、陸産物などの資源)を利用する権利、自決権がある。集団としての権利の一つが先住権なのだ。

 その集団とはアイヌの場合コタンである。

 

先住権を認めコタンの復活、アイヌとしての経済活動を支援する

 

 コタンは、数戸〜数十戸からなり、その支配領域(イオル)において独占的・排他的な狩猟・漁猟権を有し、他のコタンのアイヌがこの権限を侵した場合には、コタン間の戦争になった。各コタンでは慣習法に基づく民事法、刑事法が存在し、訴訟も行われていた。

 政府が先住権を認めない根拠は「日本にはいまや先住権や自決権を有するようなアイヌの集団は存在しない」というものである。これは盗人猛々しい言い分だ。アイヌモシリ(人間の大地)を侵し、主権集団としての存在を否定して、コタンという集団を解体し、土地や自然資源を奪ったのは誰あろう日本政府ではないか。

 ウポポイ設立の根拠となっている「アイヌ新法」では、アイヌの権利、特にアイヌの集団の権利である先住権について全く規定されておらず、その理由は、先住権などの権利主体であるアイヌの集団はもはや存在しないという日本政府の基本姿勢にある。

 だから今、アイヌの集団の権利、特に先住権について議論することが必要なのだ。

 この議論は、近世アイヌの歴史と、明治以降にアイヌの権利が奪われていく歴史を分析し比較することから始まる。

 江戸時代まで存在していたアイヌの主権に裏付けられた権利が、アイヌの意思によって明治政府に対し、正式に譲渡ないし放棄されたかどうかが問題だからである。

 明治政府は、アイヌの集団との交渉や条約などを締結しないまま、一方的に土地や自然資源を奪った。この明治政府の侵略に対してアイヌの集団は先住権を失っていないことを主張できるのである。 

 そのうえで、先住権の主体となりうるアイヌの集団を復活させることが日本政府の義務となる。

 

経済的自律が政治的自律を保障する

 畠山さんにしろラポロアイヌネイションズにしろ、彼ら彼女らのアイヌのサケ漁を認めよとの主張は、強い経済的自律の欲求に支えられている。

 畠山さんは次のようにアイヌの漁業について語っている。

「それは、オホーツク海にある「未利用資源」(の漁業権をアイヌに認めて欲しいという要望でした)。(かつてはオホーツク海沿岸部でも)ツブだとかエビだとか、獲っていたのです。(しかし)昭和53年(1978年)ですか、日本とロシアの国境(の外側)に200海里(までの漁業専管水域)が設定された(タイミングで、そうした水産資源に対する漁業が行なわれなくなった)。その内側に、そういう資源が漁獲枠設定もされずに無造作にあるということでね。それを、和人たちが自分勝手に決めた(とはいえ、既存の)漁業権に抵触するのではなく、「未利用資源として(アイヌに)獲らせてください、」と。

 

それが可能となれば、その操業には5人なり6人なりの従業員が必要なわけです。さらに遠い海区まで行くとなると、一隻だけだと海難上問題があるので、二隻(以上が必要になります)。すると(合わせて)10数名の乗組員(の雇用が生まれます)。可能であれば、アイヌの人々を優先的に(雇用して)ね。「我々と一緒にやろうじゃないか」という人が出てくれば、そういう方々と一緒に、未利用資源の漁業就労という形でやれるのではないかと、今でも考えています。」(2016年11月19日、アイヌ政策検討市民会議 第三回記録 畠山敏氏「アイヌ先住権復興を目指す〜クジラ漁業をめぐって」)

 主権を根拠とするアイヌの集団としての権利は、集団の経済活動として保障されるものでなければならない。その集団の自由は経済活動、つまり経済的自律が保障されるものでなければ、集団の政治的自律(自決権)は保障されないから。

 政府や道が、祭祀に使う分だけサケをとってよいと「恩恵」としてしか認めようとしないのに対し、畠山さんやラポロアイヌネイションズが漁撈権、先住権として「権利」として認めよとたたかうのは以上のような理由からなのである。

 集団としてのサケ捕獲権は、集団の経済的自律のために経済活動の一環として認められる権利であり、それはアイヌをサケ資源保全の当事者と認め、河川管理の権限を認め委ねることをも含むのである。生物多様性条約は、先住民族の集団が自然資源を保全する当事者であることを認めている。

 

 アイヌの先住権をめぐるたたかいは、かくしてアイヌアイヌとして経済活動を行い、生活し、コミュニティをつくって自治していくことを日本政府や北海道に認めさせるたたかいに入っている。

 そのように見たとき、次のようなアイヌの人びと自身による政策要求の背景も、心から理解し支持できるものとなる。

 

アイヌの提案・要望・要求

 「アイヌ新法」の制定に向け2017年12月から翌3月にかけて「アイヌ政策推進に係る地域説明会」が行われ、北海道各地から286人のアイヌが出席し、以下のような意見が提起された。

1,アイヌの社会的立場

先住民族としてのアイヌの社会的立場を法律に明記すること

・特別議席の付与

アイヌに対して差別する人を罰すること

・文化に限定しない幅広い政策の実施及びアイヌ知的所有権の適切な保護

2,アイヌに国有地で活動する権利を与えること

3,伝統的な漁業権の復興、伝統的な生活習慣の創出の場を北海道各地に創設すること

・国有地の資源の利用や川でのサケ漁業権の設定

・伝統的な先住民族捕鯨の実施

4,自律的な経済社会活動の支援

アイヌの農業、漁業、林業活動への財政的支援政策を改善すること

・ウタリ協会策定のアイヌ新法案にあったアイヌ自立基金の実現

5,生活、福祉の充実

・高齢者のための福祉向上

・高齢者への生活支援

・生活館、相談員制度の運用改善

・住宅資金の貸付の充実

6,エンパワメントとしての教育・文化政策

・学校におけるアイヌ語と文化の教育

アイヌの子どもや若者の教育を促進するための強力な措置

・義務教育の中でのアイヌに対する理解促進

アイヌ語をはじめとするアイヌ文化の振興

7,過去に人類学者や考古学者らによって奪われたままのアイヌの遺骨の返還

8,バランスを図る

アイヌ政策を議論する際にジェンダーのバランスや地域間のバランスを図ること

 

 これらは全く新法に反映されていない。テッサ・モーリス・スズキは、本書でそのことを次のように批判している。

「広範な議論の欠如によるアイヌ民族の不満とともに、先住権に関する新たな政策採用のために始まった一連のプロセスが、政府の支配による文化振興計画に変わってしまったように見える。」

「果たして国立アイヌ民族博は、アジア太平洋戦争中に北海道の労働拠点(タコ部屋)から脱走した朝鮮人強制労働者たちを助けたアイヌの話に触れようとするでしょうか。」

先住民族をテーマにする観光業は、常に諸刃の剣なのです。先住民観光の発展に関する2012年の「ララキア宣言」の一文は、「観光は先住民族の文化を復元し、保護し、促進する最強の原動力になるが、不適切に使用された場合にはその文化を消滅させ、破壊する可能性がある」と指摘している。宣言は先住民文化を中心とした観光業に関連して、先住民族による管理と自治権の重要性を指摘している。「先住民族は自ら観光への参加の程度と性質、組織構成を決定し、政府や多国間機関は先住民族のエンパワメントを支援する」と書かれています。」

 

アイヌと市民の社会運動で先住権実現を

 先に整理したアイヌの政策要求は、すでに始まっている先住権をめぐるアイヌの訴訟や権利行使の行動への広範な共感と多様で水平な日本市民社会建設への行動によって社会運動の力で実現していかねばならない。

 アイヌへの関心が高まっている今だからこそ、学びと行動の機会を各地につくりだし、つなげていきたい。そのためにウポポイの見学を含むアイヌとの交流と対話を積み重ねていこう。