生物多様性・農林漁業の保全と広域循環をつくる都市農村交流

1,都市農村交流とは“むらとまちの人・もの・情報が行き交う”こと

 そんなことは昔は当たり前だった。資源は偏在している。気候・地形・風土によって産物の特色も違う。ないものはあるところからもらい、あるものはないところに渡す。交易が人の暮らしを成り立たせていた。交易=市のいいところはそれだけではない。平和と友好・相互扶助をもたらす。都市の成立は市場の自由を守るところから始まったという。

 例えば、江戸時代から大正の初めまで大江戸(東京)と小江戸(川越)を結ぶ新河岸川舟運が栄えていた。

「“上り荷物”は日常必需品と衣料品、それに農村で使う肥料類が主流。“下り荷物”では米・麦をはじめとする農産物。それに木材や戸障子などの建築用材が圧倒的だった。また江戸から葛西船といって糞尿(金肥)を積んだ船が上がってきた。」(斎藤貞夫『川越舟運』さきたま出版会) 化粧品や服などの文化的なものは都市から、食料・木材は農山村から運ばれた。川越芋は三芳町の三富新田などでつくられ大八車に載せられて河岸街道を河岸場へと運ばれ、そこから新河岸川を船で下って隅田川に入り浅草の芋問屋へと運ばれた。むらとまちの広域循環を川と水運が支えていたのである。(図の写真も同上書より)

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新河岸川流路図

2,都市農村交流はなぜ必要かー広域循環の回復・関係人口の形成

 グローバル経済化の進展はこのような地域内循環、広域循環を壊し、国境なき水平分業=自由貿易に置き換えた。舟運は鉄道に換わり、いまやトラック輸送全盛となった。全世界が市場経済化されどこでも何でもお金で買う時代になってしまった。するとどういうことがおきるか。気候危機がもたらす災害常襲時代にあって、大きな災害が起きるたびに都市のスーパーやコンビニは空っぽになってしまう。都市の人たちは食料は買うものと思い込んでいるからである。

こんなことは持続可能ではない。都市の人たちも食料にかかわるべきである。「市民皆農」だ。すべて農民になれというわけではなく、農的暮らしを生活に取り込むという意味である。ベランダ菜園、市民農園、週末農業、移住といくらでもかかわる場所はある。また食料を生産している人たちを支えるべきである。顔の見える人から買って応援すべきである。そうすれば災害時に疎開先として受け入れてくれる関係もつくれるというものだ。

グローバル経済化は同時に、若者の都市への流出と農村部の人口減少を生み出した。埼玉県比企郡の9つの市町村のうち人口が増えているのは東松山市滑川町だけで、あとは軒並み減少している。ときがわ町などは過疎指定されてしまった。この主要原因は地域に仕事がないことである。農林業は斜陽化し、和紙などの地場産業も象徴的な意味しか持たされず関連産業は育っていない。観光もみんな車で来て食事して温泉に入って日帰りで帰ってしまうので実入りがよくない。

では地域資源をしごとにすることはできないのか。そんなことはない。来てくれる、買ってくれる客をつくればいいのだ。これこそ真の意味でのマーケティングである。その地域に住まずともかかわってくれる人のことを関係人口という。都市農村交流を活発にし関係人口を増やせばいいのだ。

具体的には、前述の農的暮らし、キャンプ・川遊び・ハイキングなどアウトドア・ツーリズム、様々な団体・サークルなどの会合・行事・合宿などの需要はコロナ禍を経てこれからますます増える。

 

3,人が適切に手を入れ利用することによって守られる日本の自然

 2014年の新書大賞をとった『里山資本主義』(角川新書)は40万部を超えるベストセラーとなり、その続編の『里海資本論』も注目された。それによれば「里海」とは「人間の暮らしの営みの中で多年の間、多様に利用されていながら、逆にそのことによって自然の循環・再生が保たれ、しかも生物多様性が増しているような海」のことである。また「里山」とは「人間の暮らしの営みの中で多年の間、多様に利用されていながら、逆にそのことによって自然の循環・再生が保たれ、しかも生物多様性が増しているような樹林地・農用地」のことである。「里山」はあちこちにある持続可能な社会への「入り口」であり、「里海」は一つしかない「ゴール」と位置付けられる。

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里山のモザイク的配置が生物多様性を生み出す

 実際、2で見た関東地方の広域循環を支えていたのは川と運河による水路網であったが、各地から運ばれてきた食料などの物資は東京湾に面した佃島の倉庫群に集積された。それが江戸100万の人口を養ったのである。藻谷浩介さんは『里海資本論』の解説の中で「内湾があったから三大都市圏はできたし、そここそ里海復活の主舞台」と述べている(首都圏の利根川東京湾中京圏木曽川長良川と伊勢湾、関西圏の琵琶湖と大阪湾)。

こうしてみると人間の営み(経済・社会)と自然は画然と二つに分けることができないことがわかる。人間は自然資本が生み出す生態系サービスを食料やエネルギー、道具や製品に変換して生活と社会を営んできた。自然資本が再生産できるように定常状態に保つ営み(手入れ)がなければこれは成立しない。

その営みは以下の3つに整理できる。

  • 里山・川・海に人が手入れに行く(保全ボランティア、里山産業)
  • 里山・川・海でしごとをつくる(里山産業化)
  • 里山・川・海に人を誘う(関係人口化)

これらをどう組み合わせて展開していくかが本題の「都市農村交流」の内容となる。

 

4,人・もの・情報が行き交うためのしくみを

 都市農村交流とは<人・もの・情報が行き交う>ことである。そのためのしくみが必要だ。もののやり取りを通して情報をいきわたらせ、情報をもとに人が通うようなしくみをつくらねばならないし、それはすでに始まっている。

(1)小さなアンテナショップネットワーク(食料と情報を提供しかかわる人を増やす)

 まちなかのカフェ・食堂・ショップや地域サロンなどで定期的に近郊の野菜などを販売し、買ってくれた方には農業体験や自然体験、里山森林ボランティア、ツアーや合宿できるところなどの情報を提供し、生産地の農山村に通うきっかけをつくる。すでに<埼玉西部⇔東京城北><山梨⇔三多摩>の2エリアで小さなアンテナショップネットワークづくりは始まっている。

(2)村まるごとホテル(関係人口を増やす入り口となる滞在施設)

 地域にあるものを活かして「暮らすように滞在する」水平・分散型の宿泊施設。地域全体を持続可能な暮らし・文化・歴史などのラーニングキャンパスとして学び滞在する。関係人口の拡大につながる。

(3)シェアダーチャ(週末などに通う畑付きのシェアハウス)

 都市の人に農的暮らしや文化・コミュニティづくりへの参加を促し、近郊に住んだり通ったりする人を増やすための畑付きシェアハウスを整備し広めていく。

(4)分散型小規模低学費大学(若者が地域で起業したり地域の人が学びあいをする地域大学)

 若者の都会への流出を止め地域で起業・就業するため及び地域の方がたの学びあいの教育機関を地域の力(人材、施設等)を活用してつくる。地域課題を探究し解決策を提案するプロジェクト学習が主体。

このようなしくみ・環境が整備されれば、都市の一般市民のみならず生きづらさを抱えている人たち

の居場所や活躍場所をつくっていくことも可能となり、SDGsが掲げている誰一人取り残さない「強靭で包摂的(インクルーシブ)な住み続けられるまちづくり」が実現されていく。

 

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都市ー近郊ー過疎地をつなぐしくみ