体験学習:アクティビティからロングスパンの授業へ

 20年近く「夏季集中授業」として取り組んできた「教育方法・技術D」の授業も、この8月に実施した授業を持って私が担当するのは終わりとなる。そこで<体験学習の授業がつくれるようになる>という明快なねらいを持って行われてきたこの授業の特徴を描き出し、体験学習の授業づくりについての考え方ややり方が継承されることを願いたい。

授業名●教育方法・技術D
所要時間●17時間(導入:6h, 展開:8h, 発展:3h)
会場●国立信州高遠青少年自然の家(長野県伊那市高遠藤沢)
プログラム●

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[導入]体験学習を体験する

 ①五感で自然を感じよう(1h)


 「見る、聴く、触れる、嗅ぐ、味わう」の五感
をフルに使って自然を身近に感じる。
・「音いくつ」:目を閉じて耳を澄ます。右手で自然の音、左手で人工の音を数える。2,3分の活動ののち集まってどんな音が聞こえたかふりかえりとわかちあいをする。
・「色探し」:印刷色見本を用意し、好きな色見本を手に取り同じ自然の色を探して持ってくる。いくつかのグループをつくり最も近い色ベスト3を選び、さらに全体のベスト3を選ぶ。やってみて感じたこと、気がついたことをふりかえりとわかちあいをする。
・「ブラインドウォーク」:二人一組になり、一人は目隠しをしもう1人が案内役になる。案内役は相手の安全と体験の深さを配慮し、動作の支持をしていろいろなものに触れたり臭いをかいだりしてもらう。
一通り終わったら目隠しを外して通ったところを復習し目で確認する。全員が体験し終わったらふりかえりとわかちあいをする。(写真1)

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写真1:ブラインドウォーク
 ②授業事例の分析と評価(2h)


 『地球をダメにするもの』という小4を対象としたゴミについての1年間の探究学習(社会科で行われた。この時には総合学習はまだなかった)の教師によるレポートのプリントを黙読しグループで良い点、悪い点、改善案などを話し合う。
 3グループによる発表のまとめがホワイトボードの写真。発表のあとは必ず質問、意見、コメントを求める。ここが一番大事な時間。
 やりとりを聴いていると、どうも学生たちは中高では
総合が活発ではないという学校の現実や既存のカリキュ
ラムの枠(何年までに何を教えなければならないという指
導要領の枠)にとらわれていて、思考が縮こまっているよ
うだ。中にはプラス思考の学生が必ず何人かいるのでプラ
スの意見にはエールを送る。なにが大事なのか? を考えてもらう。何歳ぐらいの子どもたちにはどんな力をつけてもらうことを重視するのか。環境教育はなんのためにやるのか。基本的な問いかけが大事。

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写真2:授業事例の分析と評価
 ③ナイトハイク(1.5h)


 今回は雨のため中止したが、これまでは1日目か2日目の晩に必ず実施してきた。学生たちのレポートで一番言及の多い人気プログラム(「星がきれい!」「ホタルを初めて見た」等)。
 学生たちを2列に並ばせて隣同士の二人組でバディをつくる。暗いところで人員の確認をするとき有効な方法である。
 出発前に静かなところで「音いくつ」を行う。心のざわめきが消えたところでナイトハイクの趣旨を伝える。「肝試しではないので脅したりしない。夜の自然と対話する。仲間とは話をしない。注意を内ではなく外の自然に向ける。感覚を研ぎ澄まして自然を感じとる。」
 毎回、中山湖までの林道を活用していた。太くしっかりした平坦な道で危ないところはない。中山湖に着くころにはすっかり目が慣れて、暗くても肉眼でかなりいろいろなものが目に見えるようになる。
中山湖の広場では草っぱらの上にブルーシートを敷いて寝っ転がって星を見てもらう。宇宙と自分との応答で生命と宇宙の広がりを感じてもらう。
 帰り道では、「ソロ」という活動を行う。1列に並んで歩き最後尾の学生に「10分後に来てくれ」と頼んでおく。先頭にわたしが立ち学生たちを一人ずつ「はいここにいて」と置いていく。最後尾の学生が全員を拾って私のところまで歩いてきたら終了。林道の出口でふりかえりを行う。

[展開](1)分析の概念を鍛える「4つの教育? 1つの教育?」(3h)

 「体験学習の授業を体験する」の4番目は、「4つの教育? 1つの教育?」(環境教育とSDGs)
 各グループに違う種類の新聞の朝刊1冊ずつ(全国紙、地方紙取り混ぜる)を配り、環境・開発・人権・平和に関連した記事を切り抜きしてもらう。それらの記事を模造紙の上に並べ、分類するのではなく各記事のつながりを考えて、そのつながりを表現してもらう。
 今回は3グループが3様の分析を表現してくれた。
①「開発によって生まれるグローバル課題」
このグループは問題の原因が開発にあるととらえた。環境破壊も核もお金の動き→経済の発展による格差の拡大も開発から生まれる。その責任は「先進国」にあり、そこが変わらなければならない。
②「4つの主題から見る諸問題の相関」
このグループはXY軸による分析を試みた。問題のつながりをポストイットに、環境・開発・人権・平和の色分けと(悪い/良い)スパイラルの説明で表現してくれた。
 例えば、〈経済格差→不法移民/治安の悪化→人権
を制限〉というマイナスのスパイラルは〈技術提供等の支援→経済格差縮小〉というプラスのスパイラルに変えることができる。
③「グローバル化による競争意識を主軸に〜世界の諸問題とその関連性」
このグループは、グローバル化が国際協調・協力に結びつかずに、逆に国家間の対立・競争を激化させていることに注目した。
 発表後の討論では、教育の重要性や現在の学校が格差の再生産に加担していることなどが話された。
 これらの分析の視点、コンセプトをさらに深めることによりシャープな探究学習を組み立てるストーリーをつくることができるようになる。

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写真3:4つの教育? 1つの教育?

 

[展開](2)「フィールドワーク~体験学習の授業のネタ探し」(2h)

 ここからは、これまでの4つの体験学習の体験に踏まえて自分たちで授業づくりを考えていくプロセスに入る。各グループに所の地図を渡し1時間の授業のネタ探しのフィールドワークの作戦を考えてもらう。1時間後に戻り発見したこと、気がついたことをマップ(発見地図)にまとめてもらう。

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写真4:発見マップ

[展開](3)「体験学習の授業づくり」(3h)

 発見マップをながめながら体験学習の授業づくりをしてもらう。ここでのポイントは、各グループが実習に使えるのは25分(模擬授業)+5分(評価・提案・アドバイス)の30分であるけれども、構想する授業のスパンは自由にとってよいということ。なぜかというと、体験学習は単なる手法なのではなくロングスパンの探究型学習の一貫した方法だからである。
 授業の基本は相変わらずの知識詰込み型だけどところどころに体験型を交えればアクティブラーニングになるわけではない。そこには次のようなプロセスが必要になってくる。
① 問題に出会う(テーマを決める)
② どうしたら解決できるのか実践的・論理的手法によって考える(解決策を考える)
③ 相互に話し合い、何を調べるのか明確にする
④ 自主的に学習する
⑤ 新たに獲得した知識を問題に適用する
⑥ 学習したことを要約する。
 なので、ロングスパンの授業構想の部分としてのアクティビティ(体験学習の活動)を期待しているわけである。
 したがって授業づくりには十分に時間をとる。グループによってかかる時間に差が出てくるので、夜にフリーの時間を確保しその時間も使えるようにしておく。
<授業づくりに必要な項目>
・ねらい ・対象 ・活動の流れ ・準備物 ・役割分担
 を学生たちに伝え、長い授業構想は模造紙にまとめて発表できるようにしておくよう言う。

[発展]体験学習の授業実習(3h)


〈ロングスパンの意欲的な授業案ができた!〉
 国立信州高遠青少年自然の家での学習院大学教職課程「教育方法・技術D」の夏季集中授業の最終日。この授業のハイライト「体験学習の授業実習」の時間だ。
 今回の学生たちはストーリーを組み立てる力がある。1日目の体験学習の体験で学んだ〈持続可能な開発〉というコンセプトを活かして、2日目のフィールドワークで見つけた現場に立ち、そこにある素材を自分たちなりのストーリーで組み立てて行った。
①「東京にホタルがいたとき」
②「自然と人間の共生」
③「身近な自然から生物多様性を捉える」
 40分間のワークのファシリテーション実習と10分間の実習に対する評価・提案・アドバイスに熱心に取り組んだ。
 評価・提案・アドバイスの時間で出てきた意見をいくつか紹介しよう。
・気づき、発見を引き出すだけでなく、それをもとに議論させる(例えばロールプレイなどの方法を使って)
・課題の出し方について(漠然とした課題か、具体的な課題か、例は出したほうがいいのか)
・身近な課題から大事なことが学べる

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写真5:授業案「ホタルのいた東京」

 

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写真6:授業案「自然と人間の共生」全11回

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写真7:身近な自然から生物多様性を捉える

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写真8:身近な自然から生物多様性を捉える

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写真9:授業実習風景

〈高遠・夏季集中授業:学生たちの振り返りから〉


・目新しい体験をたださせるということではなく、むしろ、今までになかったような視点をもたせることが重要なのだと思いました。
・様々な問題や課題の相関性を理解することができた。たとえば、国際関係の問題が開発、ひいては環境問題にもつながるということ。また地域の問題がグローバルな問題につながるということを学んだ。
 体験学習という一人ひとりのミクロな視点が学習をとうしてマクロな視点につながるように工夫したい。
・3日間を通して、まず自分の意見を相手に納得いくように伝える力が養えたと思います。
 また、考える授業は今回のようにうまく進行できればすごく良い授業だと感じました。
 授業以外では、3日間の生活を一緒に過ごす中で仲間との協力の大切さを学びました。
・教員になる身として、やろうとしてもできなかった、五感に訴えることからはじまる、生徒主体の深い学びができた、というのは自分の教師像を大きく塗り替えるものだった。
・同時に、今求められている教師のあり方とは、どのようなものなのかについて今一度考えさせられる機会になった。
・このような体験があるだけで、班ごとに全く違う展開や主題が出てくることに、教育方法の無限性を感じた。