みんなが安心できる重層的コミュニティづくり

1,「誰一人取り残さない」ために何をしたらいいか

 「誰一人取り残さない」-SDGsが課題にのぼってからよく聞くフレーズである。うたい文句のようにくりかえされるが、そのために何をしたらいいかは一向に明らかにならない。もやもやした気持ちでいたら、それを考えさせてくれる文に出会った。岩波の雑誌『世界』1月号に載った村上靖彦さんの「ケアから社会を組み立てる」という論考である。

 その中で村上さんは<地域福祉についての大きな制度の改善点>を3つ挙げているが、その一つに「誰も取り残されない社会・誰もが生活に不安を持たずにすむ社会を目指す」があった。その内容は、

「弱者だけでなく全員が安心できるプラットフォーム」をつくるということである。具体的には、「国籍や戸籍、滞在許可証、社会属性にかかわらず、すべての人の基本的人権・生活・環境を保障する」ために「ユニバーサルな教育、福祉、医療のサービス」を提供しあうことであり、そのことによって「全員が安心できる思想が土台になることで小さな社会も活きる」ようになるとのことだった。

 なるほど! と思った。そしてよく考えてみたら、板橋の市民たち(SDGsいたばしネットワーク)が子どもや高齢者の居場所づくりをしたり、介護保険では保障されないサービスを提供するサポーターを養成・派遣したりしているのは、ここをめざしているんだなと気づいた。その実践に基づいた板橋区に対する機関・制度の活用、協働のアドボカシー(政策提案)もすでに行われている。

 このペーパーは以上のことを資料的にまとめたものである。「誰一人取り残さない」ために何をしたらいいかを考えている人々の参考に供したい。

 

2,「包括支援」に関する区民アンケートが提起する課題

 板橋区内131団体で組織している「SDGsいたばしネットワーク」の「保健・福祉・医療プロジェクトチーム」は、新たな国の制度である「包括支援」を推進するための課題を明らかにするために区民アンケートを実施した。「保健・福祉・医療」に関する61団体中36団体から回答を得た結果から「包括支援」の課題をまとめた。(以下概要、例示)(板橋福祉のまちをつくろう会/NPO法人SDGsいたばしネットワーク発行『誰一人取り残さない・されないいたばし地域福祉ガイドブック』より)

 

 A 分野を超えた共通課題

  • 多問題を抱えた家族に対する包括支援 ②幅広い年齢層の引きこもりに対する包括支援 など

 B 障がい者分野の課題

  • 介護者が病気になった時の対策(見守り・ヘルパー派遣・緊急一時保護…基幹相談支援センターの機能。あるいは、住民による日常的な見守りと支援こそが地域共生社会の必要条件)
  • 自立生活者が高齢になった時の不安解消(同上)                  など

 C 高齢者分野の課題

  • 介護保険のサービスには業務の制約があるので、介護保険外の支援の拡充(総合事業)を行う。
  • 介護保険外の支援をNPOが担いやすくする                     など

 D 児童分野の課題

  • 子どもの貧困にかかわる支援者が伴走しやすくなる施策の充実(場づくり、経済的支援、連絡会)
  • DV被害の母子にかかわる支援者が伴走しやすくなる施策の充実            など

 E 生活困窮者分野の課題                                

  • 住まいの場の提供 ② 就労の場の提供 ③ ケースの発見から就労に至るまでの伴走的支援など

 F 災害対策分野の課題

  • 災害時要援助者と地域住民の交流 ② 避難場所のバリアフリー ③ 福祉避難所の医療課題など

 

3,板橋区への政策提案「地域センターを核にした地域コミュニティづくりに関わる陳情」

 上に見たような課題認識から板橋の市民は、市民同士のまた大人と子どもの学びあいと参加を基礎にした地域コミュニティづくりを進めるための推進機関として18ある地域センターを位置づける政策提案を2月初めに板橋区および区議会に対して陳情という形で行った。

<陳情項目>

 1,地域センターの役割を地域コミュニティづくりの推進施設(機関)と位置づけ、現在推進されてい            

  る小中学校でのSDGsの学びをはじめ、子ども・家庭から高齢者など支援関係機関、地域住民、NPOなど関係者が地域課題を学びあい、交流できる事業を推進する機関にしていくこと。

 2,多様な生活課題を抱えた地域住民が立ち寄れる場「伴走型相談窓口(仮称)」を早急に設置すること。、

 3,地域センターの役割転換を区政の重要課題と位置づけ、地域コミュニティの再生を図るための組織改正と職員定数並びに土日実働開所の体制づくりを進めるとともに、そのための「地域づくりコミュニティネットワーク会議(仮称)」の常設を図ること。

 

4,拡大多様化する地域生活課題に対応する「重層的支援体制整備事業」の創設

 上記アンケート結果に見られるように複雑化、総合化したニーズを持つ地域住民は勝ます増えている。

アンケート結果に挙げた課題以外にも、孤独死、引きこもり、ごみ屋敷、子どもの貧困、8050問題、ヤ

ングケアラー、コロナ禍自殺などなど。生きづらさを抱えた本人や家族の課題は「制度」の枠組みだけ 

では解決せず、本人・家族の生きる意欲、生きる希望といった「強み」を引き出す援助が求められ、そのための「参加支援」や「地域づくり」を行っていくことが求められている。

 しかも、一つの世帯に複数の課題をはらんだ「多問題家族」のケースでは、従来の「子ども」、「障害」

「高齢」、「生活困窮」といった分野別の支援体制では対応が困難になっており、属性や分野を超えた取り組みが求められている。

 求められている「重層的支援体制と多様な参加・連携・協働」をイメージした図が以下である。

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重層的支援体制の構築

5,一人ひとりの声を聴きとるために―重層的なアウトリーチと複数の居場所を

 村上さんの前記論考がこのペーパーをつくるきっかけを与えてくれた。一人ひとりの顔と声から社会を作り直していく試みについて村上さんが大阪市西成区に通う中で学んだ視点を紹介して、具体的に何をしたらいいかの指針としたい。

 その視点とは<重層的なアウトリーチでケアしケアされること、複数の居場所が利用可能であること、

このような場が熟成した時に一人ひとりの声が聴きとられる>というものである。

村上さんはそのためには以下の4つが必要としている。

 1)SOSのケイパビリティ(サインを出す当事者の力と権利と、それをキャッチし聴きとる支援者の力)

  ・小さな社会づくりは弱い立場に置かれた声を聴くところから始まる。

  →地域社会でSOSをキャッチし、声を聴きとっていくためには<アウトリーチ>と<居場所>とい   

   う二つの基本的な活動が必要になる

 2)すきまに追いやられて見えなくされている人を探すアウトリーチ

  ・(西成区:多層にわたるアウトリーチの網の目が作動している)

  ・自ら声を出せない、見えないところに追いやられている人と顔の見える関係として出会っていく

  ・例)○わかくさ保育園が路上の子どもを探すあおぞら保育

     ○労働支援団体が路上生活者の人たちに歩いて根気よく声かけをしていく活動

 3)生活を可能にするアウトリーチ

  ・重層的にアウトリーチのネットワークを整える

   (助産師による家庭訪問、乳児保育を利用した保育園での生活支援、そこから困難を抱えた家庭への送迎支援や学校教員やソーシャルワーカーの訪問など)

   保育園送迎×不登校児声かけ×同行支援×生活サポート→自宅での家族の生活が成り立つ

 4)複数の居場所(ハウジング+α)

  ・人は自分の存在が無条件に肯定される場を必要とする

  ・複数の居場所が地域にあればどこか自分が落ち着ける場所と出会うことができるだろう

 

6,SDGsのまちづくりの3つの柱

 この「みんなが安心できる重層的なコミュニティづくり」を考えたことによって、SDGsの17目標すべてに対応できるまちづくりの柱を考える必要があると気がついた。そこで、私なりに考えた他の柱も入れて<SDGsのまちづくりの3つの柱>を整理してみたい。

 

A,みんなが安心できる重層的コミュニティづくり

地域包括ケアを推進する

地域のパートナーシップで

 (目標1,2,3,4,5,11,16,17に対応)

 

B,FEC(Food,Energy,Care)とくらしのユニバーサルサービスを供給する産業転換

CO2を出さず

地域コミュニティを支える

 (目標,7,8,910,11,12,13,17に対応)

 

C,生物多様性・農林漁業の保全と広域循環をつくる都市農村交流

地域資源をしごとに

人・もの・情報が行き交う

 (目標14,15,17に対応)

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SDGsの17目標